学生に寄り添い、膨大なクチコミを武器にする就職サイト「ONE CAREER」。その源流は、代表の宮下尚之が創業する前の経験にあった。
2008年、昭和初めの世界恐慌以来とされる金融危機「リーマンショック」が、日本にも及んだ。採用イベントは激減し、特に関西をはじめとする地方では深刻となり、理不尽であると感じた。
「東京との格差をなんとかしたい」
「関西にも優秀な人がいるのに、企業に入れないなんて」
仲間と協力して企業を関西に呼び、説明会などのイベントを開催。人事担当者や学生のクチコミで活動は着実に広がり、後にワンキャリアの地力となっていく。
宮下がHR業界と深く関わる中で驚いたのは、情報の格差だった。そして直感する。「データがなく、意思決定基準が曖昧。HRマーケットのあらゆるデータを収集する会社をつくれないか」
その後もイベントを重ねるも、対面できた相手にしか情報は伝わらなかった。「ウェブで効率的に発信しよう」。直にニーズを拾ってきた強みを生かし、学生と一緒にメディアを作る道を選んだ。
クチコミメディアだ。「本当に学生が一番知りたい情報を伝えたい」という一心で、複雑を極めるHRのオペレーションを研究した。
宮下は企業の人事担当20~30人に、「HRマーケットでクチコミメディアをやろうと思います」とヒアリングをかけた。ただ返ってきたのは、「無理だよ」「失敗するからやめておきなさい」という声ばかり。
飲食店や美容のクチコミメディアは人気でも、そのHR版に人事側は「否定的な事を書かれる」と警戒した。それでも意志は変わらず、2013年10月から「ONE CAREER」の開発に着手する。
ついに2014年1月、正式ローンチ。直後から、かつて企画したイベントの参加者を中心に支持が広がり、年内に会員は5,000人に達した。人事側の反応も「学生の声に耳を傾けよう」と変わってきた。
2015年8月に「ワンキャリア」を立ち上げた。
ユーザーは右肩上がりで、事業も順調に成長。2017年からは本格的な社員採用も始めた。だが社員が30人を超えた2019年、組織崩壊という試練に直面することになる。
副社長の長澤有紘は、「事業に全振りで、組織への意識が低かった」と振り返る。不明確な採用基準と、未熟な組織運営。現場に不満が生まれ、フォローが不十分だった社員が一気に去った。
とどまったメンバーもここで働く理由や意義を問い直した。現在のミッション・コアバリューや制度は、この苦い経験から生まれている。
再びアクセルを踏み始めたワンキャリア。2019年のキャンペーン「#ES(※1)公開中」はユーザーを増やし、ワンキャリアの代表的なプロジェクトとなった。
※1:就職活動において学生が提出するエントリーシート(応募書類)
就職活動が解禁された3月1日、渋谷に現れた1台の黒いアドトラックが視線を集めていた。側面には、「#ES公開中」の大きな文字が躍る。渋谷駅近くの巨大なポスターの前では「人気企業20社の選考を通過したES」が配られ、足を止めた人たちが続々と手に取っていく。
サイトのランディングページでは3万6,000枚以上のESを一斉公開。多くのメディアが取り上げ、中でも当日のABEMA NEWSでは本件を詳細に報じた。
キャンペーンの狙いは、「就活に透明性をもたらす」こと。「ESを大量に書く時間が、本当に必要なのか」「働き方や人生など、本質的なキャリアこそ考えるべきでは」と問いかけた。
賛否が渦巻いた。ワンキャリアのコアバリューの一つ「エンドユーザーファースト」に振り切った企画として、今も語り草である。
ゲリラ的でもあった「#ES公開中」とは対照的に、同じ年には世界的な経済誌『Forbes Japan』とタッグ。同誌の特集の連動企画として、学生と真摯に向き合っている企業に光を当てるアワード「Great Company for Students」を開催した。
特徴は、学生からエントリーを募ったという点。学生もステークホルダーの1つ。「人が本当に育つ会社」「採用がすごい会社」が評価されるべきだ。そんな哲学を表したと言える。
6,000社の中から、「学生の企業/業界理解度が深まるか?」「成長機会を提供できているか?」といった観点で絞り込まれ、学生らの声も踏まえて審査された。
この企画は後に、学生が「本当に受けてよかった」「後輩におススメしたい」と思う企業を選ぶ、「就活クチコミアワード」につながることになる。
やがて、全世界を震撼させたコロナがHRにも暗い影を落とし始めた。オフラインの採用イベントが軒並み消え、学生が悩みを深めた2020年、ワンキャリアは自らにできることを模索。すぐに、「今こそ動画がいける」と社内は一丸となった。
準備から1ヶ月というスピードで、説明会のYouTube配信をスタート。同年に開催した日本最大級の「ONE CAREER SUPER LIVE」には2万人の学生が参加し、出演企業は36社を数えた。
ただ、このスピーディーな展開には明確な下地があった。
遡ること約3年、就活の早期化や学生の売り手市場で、「情報の格差」が起きていた。企業は説明会を何度も開く一方で、地方の就活生や多忙な学生にとっては、情報にアクセスしづらくなった。
そこで2017年、SNS上で説明会を配信する「ワンキャリLIVE」に乗り出した。2年後には、収録型の「ワンキャリTV」もリリース。
経営陣は「動画が来る」と信じていたが、当時は「対面でないと伝わらない」という価値観が根強い頃。人事側には「学生は説明会に来るので、動画なんて見ないですよ」「アーカイブを競合他社に見られてしまう」と敬遠された。今思えば、先を行き過ぎていた。
もう1つ、温めていた構想が花開いたのもこの頃だった。
ワンキャリアの武器は、膨大なデータだ。そのため創業時から、データを収集・分析するBIツール(※2)の提供を検討していた。
※2:Business Inteligenceの略語で、企業の持つデータを見える化し、経営に役立てるソフトウェア
この悲願は、2019年の経営合宿で一気に動くことになる。取締役の北野唯我が、アプリケーションが次々増えていくような「クラウド構想」を打ち出した。すでに「ONE CAREER」にあった求人掲載機能を含め、クラウドとして再定義するというもの。
「HRに情報がないのは信頼できるプラットフォームがないから」という認識を共にしていた他の経営陣も、クラウドとして訴求すれば、プラットフォームとしての立ち位置が明確になると確信できた。
検討から1年。2020年6月、企業向け新卒採用支援サービス「ONE CAREER CLOUD」を世に問うた。オンライン化や通年化で情報収集が難しくなる中、学生や競合他社の動きが見えるサービス。導入先は着実に増え、「日本の人事部HRアワード最優秀賞」を射止めた。
toCで成長したワンキャリアは、toBという新境地を開いた。
学生ファーストに徹した「ONE CAREER」は正式ローンチから5年以上がたち、月間で100万人、就活生の2人に1人が利用するサービスへと成長していた。
ともすれば画一的で、企業目線の情報があふれるHR界隈にあって、ONE CAREERの特徴は、先輩の体験や本音、ESの実例といった信頼できるデータが掲載されていること。
当時の時価総額ランキングTOP100企業の50%が顧客で、キャリアデータを保有するのは1万社以上に。就活生のニーズに対して必要十分なデータ量と言える。
2019年は「最も利用した就職サイト」ランキングで圏外だったが、翌年に3強入り。2021年には2位に浮上した。
業績拡大に伴い、足場固めも忘れなかった。予測困難な時代だからこそスピード感を一段と上げるべく、コロナ禍真っ只中の2020年6月、オフィスの拡張・移転にこぎ着けた。
渋谷駅至近、広大なフロア面積を誇る高層タワー。内覧から一晩で入居を決めた。
この頃は社員数が50人を超えていたワンキャリア。事業部ごとに分散していた執務室を集約し、コミュニケーションを促した。企業の採用活動がオンライン化していくことを見据え、動画撮影スタジオも新設した。
空間デザインのテーマは、ブラックボックスを照らし、また人を輝かせる「光」。さまざまなキャリアに光を当てるというミッションをも体現している。
クリエイティブや「採用DX」に投資を続け、新たな事業を創出する―。新オフィスは、ワンキャリアの道筋と覚悟も明るく照らした。
組織の成長とともに、コアバリューも変化を遂げている。
スタートアップとして走り出した頃は、経営合宿で付箋を何枚も貼りながら協議を重ね、今も生きる「エンドユーザーファースト」「誠実さ」などをひねり出した。副社長の長澤は「そうありたい、という願望が入っていた」と振り返る。
2021年5月、ミッションは創業以来の「Visualize Everything」から「人の数だけ、キャリアをつくる。」へ刷新。新たに定められたこのミッションには、社外取締役の高木新平氏が提案したものが採用された。
また、ミッション刷新に合わせて5つの新しいコアバリューが宣言された。社員が自然に使う言葉から選ばれ、長澤は「実態をそのまま表している」と語る。
「そもそも論」「本質的に」という言葉が社内で飛び交うため「本質的・長期的思考」が、同じく社内でよく使っていた言葉である「バカにされるエネルギー」から「挑戦と応援」がエントリー。強みに特化した人材が増えていたため、「個の強みの模索」も入った。
創業から6年、ワンキャリアは満を持して中途領域に挑んだ。2021年6月、「ONE CAREER PLUS」をリリースした。
「どこからどこへ転職したか」「どんな軸で転職したか」などの実例を公開し、他の人の体験を参考に「次のキャリア」を考えるサービス。就活を終えた後もキャリアの情報を届け、壮大な「キャリアの地図」を一緒に作る挑戦だった。
「この会社に入ったら、次はどこに行けるんだろう」。就活生の時からセカンドキャリアに関心を寄せていた宮下。新卒で入った外資系企業では、1年強で上司5人が入れ替わった。
この経験から「どんなキャリアを歩んでいくかの情報をオープンにできたら、キャリア選択はもっと豊かになる」と未来を描いていた。それは創業を経た今、より鮮やかさを増している。
やがて転職は珍しくなくなり、終身雇用は限界に。「ONE CAREER」は1学年で30万会員を抱える規模になり、中途領域に進出する機は熟していた。
2021年10月7日。ワンキャリア社内は大きな拍手と歓声に沸いていた。東京証券取引所マザーズ市場への上場を果たした。
2年以上かけ、経営陣と管理部門が中心となって準備した。上場への思いの裏には、3つの目的があった。
1つ、サービスをより多くの人に届けるために企業やサービスの認知度を上げること。
2つ、上場による資金調達を行い、戦略の選択肢を広げること。
3つ、HRサービスを提供するにあたって、会社の信頼度を高めること。そのために、キャリアデータの管理をはじめとしたガバナンス体制を強化すること。
HR業界に今なお情報は足りず、不安を覚える学生や、就職後のミスマッチで後悔する人は絶えない。宮下は「人生で最も時間を投資する『仕事』の、確からしい未来をつくりたい」と意気込む。可能性を広げるための、確かな基盤を手にした。
上場後には新しい執行役員体制も発足させた。
新しく就任した執行役員はエンジニア出身、コンサルティングファーム出身、デザイナー出身、経営企画・経営管理部門出身という布陣。新しい執行役員陣の当時の社歴は1年半~3年で、中には新卒3年目での就任となる者もいた。
執行役員を増やす構想はかねてあったが、葛藤もあった。事業の成長スピードに、人材育成が追いつかない―。多くの企業でそれを目撃してきたワンキャリアも、例外ではなかった。
そこで光が当たったのが「抜擢人事」。年功序列の対極にあり、完璧は求めず、個の強みを生かす。変化に強い成長を確実にする上で、もはや他の選択肢はない。
コアバリューで「個の強み」を重視するワンキャリア。「抜擢は、必要不可欠な経営人事機能である」という思想を、新たな布陣が具現化している。
「若い人への投資をやめない」という決意は、社内での育成や、採用領域の事業だけにとどまらない。人手不足や人材戦略という国家レベルの課題解決、そしてキャリア教育にも向けている。
誰でも、どこにいても、自分で納得できる人生を描いてほしい―。 ワンキャリアのミッション「人の数だけ、キャリアをつくる。」には、 こんな願いが込められている。 キャリア×データのポテンシャルに限界はない。 これからもワンキャリアは、HR業界のブラックボックスを透明化し、 仕事選びをアップデートし続ける。